「女性声優の少年役が最近少ない」は本当?1990年代アニメと比べると……?

アニメ視聴において、TwitterなどのSNSは最新情報を追ったり、世間の雰囲気を知るのに便利なツールです。しかしそこで定期的に見かける話題はないでしょうか。たとえば「ロボットアニメは衰退している」「中国のアニメはすごい! 日本のアニメはこのままだと負ける」などなど……こうした印象論は大規模に拡散されることはあっても、実際はどうなのかの検証がなされることは少なく、また検証が行われてもそちらはあまり拡散されません。

そこで今回はそうした定期的に話題に挙がる「今のアニメは駄目だ!」話のうち、「最近のアニメは女性声優さんの少年キャラが減った」という話が正しいか検証してみます。はたして最近のアニメでは本当に女性声優さんのかっこいい、かわいい少年声を聞く機会は少ないのでしょうか?

そもそも女性声優が少年を演じるようになった理由は?

現状を調べる前に、まず女性声優が少年キャラクターを演じるようになった理由についての考察を紹介します。2020年末に青弓社から発売された石田美紀さんによる『アニメと声優のメディア史――なぜ女性が少年を演じるのか』では、敗戦後のラジオドラマから始まる歴史や環境、そして『鉄腕アトム』のアトムに起用された舞台女優の清水マリに触れながら以下のように綴られています。

女性声優が少年役を演じるという慣習は、子役の起用が制限された占領期の連続放送劇から始まり、一九五〇年代テレビ黎明期の人形劇や海外番組の吹き替えを経て、六〇年代以降の連続テレビアニメにまで受け継がれてきた。女性声優の少年役への起用を後押ししてきたのは、労働基準法下の子役起用の困難という法的条件であり、生放送をはじめとする技術的制約であり、そして経費削減という経済的要請だった。
なぜ清水以降も、日本のアニメでは多くの女性声優が少年役を演じているのだろうか。もちろん、この問いに対する回答として、それが変声期を迎える少年を起用することで生じるリスクの回避策であったことが挙げられる。少年声優が声変わりを経験すると、キャラクターの一貫性を損ないかねない。ディズニーの長篇劇場作とは異なり、数年、いや数十年と継続する日本の連続テレビアニメシリーズが少年役に女性声優を好んで起用してきた理由は、子どもの身体的成長という生物学的現実と不可分である。

アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか、石田美紀(著)

さらに筆者はそうした背景から生まれた女性声優が演じる少年役というイメージを拡張させた存在として、1992年にデビューした緒方恵美さんを挙げます。

女性声優が演じてきた少年たちとは異なるキャラクターの蔵馬に悩みながらも、緒方は低く甘い調子を選択し、キャラクターの陰影に富んだ背景と外見にふさわしく演じた。結果、蔵馬は一九九〇年代を通して、もっとも人気があるアニメキャラクターの一人になった。もちろん、緒方が演じる蔵馬も、テレビアニメで女性声優が演じてきた少年役の伝統と無関係ではない。しかし同時に、緒方は従来の少年役に収まらないキャラクターのために新しい声の演技を生み出し、その結果、多くの女性ファンを獲得した。

アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか、石田美紀(著)

つまり1990年代に緒方さんの活躍により女性声優の少年役に幅が広がり、それが現在の状況につながっているというわけでです。

2021年の新作アニメでは88%の少年主人公を女性声優が担当

閑話休題。これを踏まえた上で、2016年夏クールから2021年春クールという直近5年に始まったTVアニメ・Webアニメシリーズと、現在の声優シーンの基礎が形作られた1990年代に始まったTVアニメシリーズにおける少年主人公キャラクターのキャストを比較します。

なおこの調査をするにあたって、少年主人公を以下のように定義します。

・一般的に声変わりが始まる14歳以下
・年齢が不明なキャラクターは、中学校およびそれに該当する施設以下に通っている場合は少年扱い
・転生したキャラクターは転生後の年齢を適用
・動物なども性別がわかる場合は少年扱い
・主人公が複数存在する場合はすべてが対象

こうした場合、たとえば2021年6月までに始まった137本のアニメでは以下のようなキャラクターが少年となります(「○」は女性声優が演じているキャラクター)。

『あはれ!名作くん(シーズン6)』松田名作:那須晃行
『おじゃる丸 第24シリーズ』おじゃる丸:西村ちなみ ○
『カードファイト!! ヴァンガード overDress』近導ユウユ:蒼井翔太
『怪物事変』日下夏羽:藤原夏海 ○
『新幹線変形ロボ シンカリオンZ』新多シン:津田美波 ○
『新幹線変形ロボ シンカリオンZ』碓氷アブト:鬼頭明里 ○
『SHAMAN KING』麻倉葉:日笠陽子 ○
『真・中華一番!』マオ:藤原夏海 ○
『デュエル・マスターズ キング!』切札ジョー:小林由美子 ○
『忍たま乱太郎(第29シリーズ)』猪名寺乱太郎:高山みなみ ○
『爆丸ジオガンライジング』ダン・クーソー:高橋李依 ○
『ベイブレードバースト ダイナマイトバトル』大黒天ベル:田村睦心 ○
『魔入りました!入間くん 第2シリーズ』鈴木入間:村瀬歩
『マジカパーティ』ケズル:小松未可子 ○
『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』内山夕実:ルーデウス・グレイラット ○
『妖怪ウォッチ♪』ケータ:戸松遥 ○

実に16キャラクター中14人、88%を女性声優が担当しています。なお花守ゆみりさんが演じる『たとえばラストダンジョン前の村の少年が序盤の街で暮らすような物語』のロイド・ベラドンナなど、作中で少年とされているものの今回の調査のための少年の定義には当てはまらなかったためここには含めていないキャラクターも存在します。

PV第3弾『たとえばラストダンジョン前の村の少年が序盤の街で暮らすような物語』

もちろん主人公以外のキャラクターで女性声優が演じる少年がいるというパターンや、15歳以上の男性キャラクターを男性が演じているものの、幼少期は女性声優が演じているというパターンも多数ありました。今もかなりの作品で女性声優の少年声は楽しめるのです。

直近5年では58%、1990年代は……

これと同じ要領で過去5年間のアニメを調査したところ、125キャラクター中73人(58%)を女性声優が担当。調査した中では『キャプテン翼』(2018年版)や『新幹線変形ロボ シンカリオン』『妖怪学園Y ~Nとの遭遇~』辺りは女性声優が演じる少年キャラクターが多く、観ていたかたは彼女達の少年声をたっぷり堪能されたでしょう。

そしてこれと同じ調査を1990年代に始まったTVアニメ710本でおこなったところ、129キャラクター中84人(65%)を女性声優が担当。直近5年より数字上は少しだけ割合が多いという結果となりました。

ただし女性声優が86%を占めた2021年のような例もあることから、65%と58%は誤差の範囲と言っても過言ではありません。つまり「女性声優の少年役が最近少ない」というのは厳密に言うと間違いではないかもしれませんが、決して断言できるほどではないでしょう。

今回はすべてのジャンルのアニメを対象にしましたが、特に子供向けアニメや異世界転生アニメの少年主人公は特に女性声優が多め。女性声優の少年声を聞きたい方は、これらのジャンルのアニメを積極的に観てみてはいかがでしょうか。

女性声優の少年声は今後も楽しめそう

本題からは外れますが、近年の少年声が得意な女性声優として活躍が目立つのが“田村少年”こと田村睦心さん。先述した『ベイブレードバースト ダイナマイトバトル』大黒天ベルだけでなく『妖怪学園Y ~Nとの遭遇~』寺刃ジンペイ、『モンスターハンター ストーリーズ RIDE ON』リュートを演じました。

そのほかにも『ダーリン・イン・ザ・フランキス』ゾロメ、『本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません』ルッツといったサブキャラクターの少年も多数。情報サイト・アキバ総研で2017年に実施された「【女性声優】少年の声といえば?」というアンケートでは大御所を抑え堂々の1位となっています。

(引用:【投票】【女性声優】少年の声といえば? – アキバ総研, <https://akiba-souken.com/vote/v_1038/>, 2021年7月閲覧)

近年5年でもっとも多く異なる少年主人公を演じた石上静香さんも代表的な少年声女性声優でしょう。こちらも『トミカ絆合体 アースグランナー』駆動ライガ、『魔法陣グルグル』ニケなどの主人公だけでなく、『けだまのゴンじろー』前神マコトでも等身大な少年を好演しました(ちなみに男性声優でもっとも少年を演じたのは1990年代では山口勝平さん、直近5年では村瀬歩さん。この比較もまた面白いかもしれません)。

そんな彼女たちの少年声が楽しめるコンテンツはアニメだけではありません。例えば悠木碧さんが深く関わる「女性声優の少年声」をテーマにした同人プロジェクト『アイショタ idol show time』や、女性声優が演じるダンス少年を演じるプロジェクト『BURNS SKOOL -バーンズスクール-』が展開中です。

「アイショタ idol show time」作品紹介PV
BURNS SKOOL -バーンズスクール- Teaser02

またキャラクターソングプロジェクト『Clock over ORQUESTA』では男性キャラクターの青年版を男性声優、少年版を女性声優が演じるというユニークな試みもおこなわれています。このようにアニメとは直接関係ないフィールドでも新たにその需要が認められ、またTVアニメでは過去と同程度に楽しめる女性声優による少年ボイス。彼女たちや周辺スタッフの創意工夫により、今後も多くの人がその魅力の虜になるでしょう。

文/はるのおと

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